背骨

三十数年生きてるのに、自分に対して「あーもう」と思うことがまだある。度々。得てしてそんなものなのかなとも考えるが、どうにも腑に落ちない。

そもそも、後にそう思うという事は、自分がしたい、あるいはしたくない行動はわかっているわけだ。だけれども瞬間瞬間にそれを表せない。言葉にできなかったり、行動できなかったり。様々な要因の元そうなってしまう。悔しい、もどかしい。

岡本太郎の「自分の中に毒を持て」、「軽く素直に動けばよいということだ」という一節がある。これは、無条件に生きるという事について述べている中で出てくるのだが、言葉、形を変えて何度も述べられる。訴えかけられる。積み重ねてきた自分を、瞬間瞬間でぶっ壊して新しく生まれ変わっていく。

そうやっていきたい。志向の異なる人波を掻き分けて歩き、真の意味で、傍若無人に生きてやりたい。

なんとなくなんとなく

なんとなく北千住に行くことがある。

 

北千住は、ばあちゃんが住んでいた町。狭い路地を進んだ先にある借家がばあちゃんの家だった。今は別の誰かが住んでいるようだ。ふとした時北千住に行くようになったのは、ばあちゃんが亡くなった今年始めからではなく、施設に入った十年ほど前からだ。

 

一人の時もあるし、友人と連れ立って行くときもある。自転車で行くときもあるし、電車で行くときもある。商店街をふらふらしたり、居酒屋や定食屋に寄ってみたり、荒川の土手にでて野球とかランニングやらを眺めてみたり。特に感傷に浸る訳でもない。幼き日の情景と、ばあちゃんがいなくなってからの町の変化と、今の環境と、ごちゃまぜにした物を味わう。楽しい。そんでそれはほとんど、すぐに忘れる。

 

ばあちゃんが亡くなって、家も無くなった今、実際的には何の繋がりもないのだ。それでも情念は残る。そんな事を初めて感じた土地。

 

 

カーブを曲がれ

今年の小江戸川越ハーフマラソンに出ようと思い立ち、少し前から走り始めた。

 

今日は近所の公園のウォーキングコースをひたすらグルグルと。頭の中では先日ライブを観たケバブジョンソンの曲がグルグルしてた。繰り返すフレーズに乗って、散文的な考えが浮かんでは消える。少し風があるが心地よい陽気、なんだか身体の調子もよい。同じコースを走っていた高校生たちに負けじと走った。

 

走り終え、ベンチに座り脚をだらんと投げ出す。広々と空が見えてとても良い。今度は本を読みに来るのもいいな。

 

 

パスワードはひ・み・つ

「パスワード」シリーズの作者、松原秀行さんが亡くなったのをついこの間知った。

 

小学生の頃、近所のイトーヨーカドーに連れて行ってもらうのが楽しみだった。理由はいくつかあるが、そのうちの1つが本を買ってもらえること。今でも書店のレイアウトが思い出せる。漫画よりかは活字本の方が親への印象が良かったのであろう、ねだれば毎回の様に1、2冊は買ってもらえた。児童文学が主で、その中に青い鳥文庫というレーベル?があり、特に自分はその作品群が好きだった。その中でもパスワードシリーズはお気に入りだった。

 

パスワードシリーズは1995年から始まったシリーズで、ジャンルとしては推理、ジュブナイル小説とカテゴライズできるだろうか。外伝も含めたら40冊くらいあるらしい。自分は20冊くらいは読んでいたな。

小学生〜中学生くらいまでは最新作が出るたび買っていて、高校生になってからはたまに読み返すくらいだったろうか。遊びに来たクラスメートとパスワードシリーズ繋がりで盛り上がったりした記憶がある。

 

間違いなく自分に影響を与えた作品群の1つだった。児童文学はとても素晴らしい物だと思わせてくれた。ある程度知識が無いと楽しめないという前提がない。自分が創作をするとして、意識したい部分。

はやばやと

年が明けてもう八日。ここ何日か、常日頃とは違った時間を過ごした。日常に戻れるかと一瞬不安になるくらい。心配をよそに、ヌルっと戻る。

 

旅行先で飲んだ泰明という焼酎がとても美味しかった!自宅に帰った後行った焼き鳥屋、泰明が置いてあった。こちらでは中々見ないので驚く、喜ぶ。

 

文化の違い、環境の違い、様々総合して生き方の違い。思い知りました。